引用元:http://hayabusa.open2ch.net/test/read.cgi/livejupiter/1440218565

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1 : 名無しさん@おーぷん 2015/08/22(土)13:42:45 ID:wIe

気になったので



2 : 名無しさん@おーぷん age 2015/08/22(土)13:44:17 ID:GJ6

期待



3 : 名無しさん@おーぷん 2015/08/22(土)13:45:46 ID:wIe

1946年5月20日パシフィック対セネタース
1946年5月23日パシフィック対グレートリング
1946年5月24日パシフィック対阪急
1946年5月26日パシフィック対グレートリング(いずれも西宮球場)

1946年は戦後再開初年度で混乱期でもあり、復帰する際に複数選手が所属チームの変更を行った。
1944年の申し合わせで復帰する場合は旧チームに了解を得るなどの取り決めがあったが、
パシフィック監督に就任した藤本定義は
「戦争が終わって日本も1から出直す、職業野球も同じ。選手も自由に球団を選ぶべき」と主張。
藤本監督の依頼で、元巨人白石、元阪神の藤井勇がパシフィックに入団したが、これに巨人と阪神が怒り、
連盟の理事会で優先権の侵害で認めないと裁定を出した。
にもかかわらず公式戦が始まると「どうして白石を出さない、藤井を出さない」と観客からヤジられ
藤本監督は二人を4試合出場させてしまった。
同年秋になって理事会が召集され、二人を出場させた4試合は帰属が確定する前の出場として没収試合と裁定が出た。



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